折り紙による、ワイングラスシリーズ

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0. INTRODUCTION

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ワイングラスは2020年11月から2021年3月頃まで約4ヶ月間取り組んでいた題材だ。 「折り紙による電球」に続いて、立体化というテーマをより追求しようとデザインを始めた。

 並行して制作した、「折り紙による牛の頭骨」や「折り紙による未熟な鹿」にはワイングラスの作品群で発見した構造を用いている。 同時に他の作品を作る中で思い付いたアイデアを、ワイングラスに還元している部分も多くある。

 そういう意味で、これらの作品群は単なる1つの題材の研究というだけでなく、折り紙に関する手法の実験場という意味合いが強い。 いくつかの実験の結果を、整理記録するためにこの記事にまとめていく。

1.CONCEPT

 1-1. 矛盾の美

 何物でも貫く矛と、何をもっても貫くことができない盾。2つの相反する物が同時に存在する状況とは何か?

 この問いに対する最もシンプルな解は、それら2つが矛であり、かつ盾でもある場合だろう。 詭弁に過ぎないと思われるかもしれないが、2つが同一であるがゆえに共存するという思考実験は成り立つのではないだろうか? 本来1つであるものを、2つに分離して考えるからこそ、「矛盾」が生じると私は思う。

 立体と平面という区分にも同じことが言える。 どれ程薄い紙でも存在する以上、厚みがある。 つまり、この世界において完全な「平面」は存在しない。 立体と平面は元来同一のものなのだ。 あの矛と盾と同じように。

 両者の間には、人が理解しやすいように引かれた曖昧な境界があるだけだ。 その境界を取り払い、言語という記号によって狭められた認識を解放する。 それがこの作品群における最も重要な思想的背景である。

 1-2. 紙の「透け感」

 折り紙、という表現方法を選択する上で、「紙」の重要性は常に存在している。 薄く、強靭で、かつしなやかさも備えているのが紙という素材だ。 理論上ではなく、現実において確かな調和を持った作品を作るためには、紙の性質を深く理解しなければならない。

 紙の重なり、張り具合、紙同士の摩擦。 些細で、それ単体では殆ど影響のない要素が、折るという行為によって生じる。 それらを肌で感じることは、言うなれば紙との対話のようなものだ。

 今回注目したのは、紙の「透け感」である。 紙を光にかざせば、繊維の流れが立ち現れる。 それは、もはや神秘的とも言える。

 本来のワイングラスはガラスでできている。 これを紙という素材で再構築するために、「透け感」をどう演出するか。 それが、電球というテーマの延長線上で、今回の作品群において探究したコンセプトだった。

1-3. 設計手法の追求から生まれる表現

 折り紙には様々な設計手法がある。22.5度系、円領域法、蛇腹折り。 どの手法においても対象を完全に再現することはできない。 私たちは、対象の要素を取捨選択し、程度の差はあれ抽象化をしなくてはならない。

 設計のアプローチの段階では、その抽象度の具合に個性が現れる。 個人的には、写実と抽象の境界に位置する表現が好きだ。 境界においては、それが分かつもの両方の要素が入り交る。境界においては、それが分かつもの両方の要素が入り交る。そして、境界とは本来存在しないものだと気付かされるからだ。

 近くで見ると、おもむろに散らばった絵の具であるとか、無数の紙の重なりにしか見えないものが、一歩引いてみると風景や動物に見える。 複数の状態が1つの作品に同居しているような不思議さを、私は求めている。

 そのために、私は蛇腹折りという手法を選択している。 蛇腹折りでは比較的、紙の重なりや美しい直線を完成形においても残しやすい。 つまり、写実と抽象の狭間を作り出しやすいのだ。

 紙を折って生まれる線を残すためには、無駄な折りは省かなくてはならない。できる限り、過不足ない折りで、かつ蛇腹折りという手法で対象を再構築すること。 これを検証することも今回の作品群のテーマだ。

 技術的には、tanθ=1/2, 1/3という2種類の鋭角をごく自然に取り入れることができる点も重要だ。 紙を折った形をそのまま活かす場合でも、豊富な表現が可能だからだ。

 また、立体化構造を組み込みやすいという点も見逃せない。 平面と立体の共存を無理なく構造に取り入れることができる。

 このように、設計手法について考察することで、手法に最適な表現が自然と生まれることがある。 直感的に得た、そのような表現を使っていくことで、さらに設計手法についても理解が深まる。 そんな気付きを、この作品群では得ることができた。

2.DESIGN

 2-0. ワイングラスに対する考察

 デザインの準備として、まずはワイングラスについて基礎的な知識を集めた。 各部分の名称は図に示した通りだ。 シャンパングラス、赤ワイン用、白ワイン用のグラス、クリスタルワイングラスなど様々な形の資料を集め、スケッチした。

 実際にワイングラスを買い、ワインを注いで使った。 実物が手に入るのであれば、そうするにこしたことはない。 手に触れた感覚や重み、愛着など、画像で見るだけでは感じ得ないものを得られるからだ。

 もっとも当時は、まだデザインの方法については手探りだったため、習作と対象の観察は同時並行で行っていた。 習作を作成するごとに、対象の理解の浅さを自覚し、観察に立ち戻っていたと記憶している。

 2-1. ボウルについて

 まず折り始めたのは、ワイングラスの最も大きな部分を占めるボウルだった。 当初、電球のガラス部分に用いた構造を応用すれば、原型は比較的容易に出来ると想像していた。

 しかし、ワイングラスに特有の緩やかなカーブを直線で再構成することは、思いのほか困難だった。 緩やかなアウトラインを保ちつつ、立体化すると、非常に不安定な構造になってしまうのだ。

 後になって気付いたこの時点での問題は、直接完全なアウトラインを作ろうとしていたことだった。 それは紙をぐしゃぐしゃにして、たまたまワイングラスの形になるのを待っているようなものだ。

 多くの試行のあとに上手くいった解決法は、まず底面が正方形の直方体を作り、その角を削り落としていく、という手法だ。 この方法であれば直方体を作る際に、一度ある程度しっかりした状態を作り出すことができる。

 その上で、角を沈めることによる留め折りを行うことができるため、更に形を固定することができる。 この削り方の方法を複数見つけたことが、この後のバリエーションの発展につながる。

 2-2. ステムからプレートまで

 ステムとプレートを表現する方法として、まず思いついたのは、ピエロの襞襟のような構造を用いることだった。 ヒダが均等に広がることで、綺麗な円形を形作ることができると思ったからだ。

 習作の段階では、ステムのくびれが表現できるため、成功しているように見えた。 しかし、留め折りが仕込めないため、広がってしまう点。 ディスプレイの際に安定しない点。 ボウルとの造形精度のバランスが悪い点で失敗だった。

 このパートにおいても解決策となったのは、一度折り畳み可能な状態を経た後に立体化処理を行うことだった。 平坦に折り畳むことが即ち、ある程度ヒダをまとめることにつながるからだ。

 また、折り畳み可能状態を作ることで、折り工程の難易度も格段に下げることができた。 そして折り畳み可能かという指標は、これ以降の作品においても構造の安定性の評価に用いることになる。

2-3. ボウル、ステム、プレートの改善

 各部位において基礎構造をデザインした後は、全体のバランスを見ながらいくつかのパターンを試した。 正直に言うと、この段階までくれば後はさほど難しくない。 各構造の配置を少しずつずらすことで現れる変化を、観察すればいいだけだからだ。

 その中で最も大きな改善だったのは、糊代部分を組み入れるということだ。 (具体的には、1辺4マスの正方形に糊代を2マス分付加した、18マスを全体の正方形の1辺に対応させる構成になる)勿論、マスの数すなわちグリッド数を変化させることでボウルとステムの比率を調整することもできる。

 今回作成したものは、その無数にある派生形の一部に過ぎない。 ここに折り紙の面白さの1つがあると私は思う。 すなわち、1つの基本形の折り方を伝えることができれば、他人が自分の好きな形を作ることができるのだ。

 しかも、基本形が同一であれば、ある程度オリジナルの作者が持つ特性を容易に引き継ぐことになる。 私が折り紙を「共有可能」なアートだと考える理由の1つである。

 2-4.リム、カットグラス、ステムの表現について

 基本構造から完成形に近づける際に問題となったのは、美しい対称性を生み出すことだ。 ボウルを正しい8角形の形に保つこと。 ボウルからステム、プレートの接続を垂直にすること。

 考える上では簡単だが、実際には折りの精度や紙の厚みの問題で、容易に対称性は崩れてしまう。

 解決策として用いた方法はウェットフォールディングといわれる手法だ。 一旦紙を濡らし、その状態で固定し乾燥させることで形を保ちやすくする。 今回は造形が崩れないよう、完成形まで折り込んだ上で加湿器を使って全体を均等に湿らせた。

 ここで得た教訓は、トレーシングペーパーでウェットフォールディングをしてはいけないということだ。 湿らせすぎると、紙が丸まり容易に折り目からバラバラになってしまうのだ。

 ボウルの形を保つために有効だった手法がもう1つある。 それは、リムの表現として紙の縁を内側に折り込むことだ。 縁の強度を増すことで、形を保つことが容易になる。

 また紙の裏側を出すことができるため、部分的な裏打ちをすればリムを金色にすることができる。 高級感を出すことができるので悪くない仕上がりになる。

 現時点の最新版(a-3)ではカットグラスの表現によりフォーカスしている。 ボウルとステムの接続部分に一工夫加えることで、強度と造形を更に改善することができた。

 またステムの表現も、更に幅変換をすることで繊細な表現ができたと感じている。 ひとまずワイングラスシリーズは終わりにするが、試してみたい表現は大量にあるし、また折ることになると思う。

 2-5. 紙に関する考察

 ワイングラスシリーズでは「折り紙による電球」に引き続き、紙による「透明」の表現を追究した。 まず使用した紙はトレーシングペーパーだった。

 直ぐに折り目から裂け始めるため、非常に折りにくいが「透け感」に関しては「折り紙付き」である。 しかし、やはり繊細な表現には向かない。

 何かいい紙はないかと探しているときに思い出したのは、障子紙だった。 そもそもが光を透過するために作られている最適な紙ではないか! さらにニスや漆を塗ることで不思議な「透け感」を生み出すことができる。

 和紙の専門店に行き、最適な紙を探して折ったものが最新版のa-3である。 和紙という紙のポテンシャルに改めて気付かされた。 紙の加工によって折り紙の表現の幅を広げていく、ということも間違いなく今後の作品における共通のテーマになるだろう。

3.COMPLETE SHAPE

 3-1. バリエーションについて

 a シリーズ

 立体化の方法によって、aシリーズ、bシリーズ、そしてcシリーズがある。 現時点で最も安定しているのはaシリーズだ。 22.5度系による立体化構造を採用していて、対称性を保ちやすいためだ。 3-2.

 b シリーズ

 3-2. 全方向から鑑賞するということ

 本シリーズの作品はどれも360度どこから見ても楽しめるものになっている。 将来的にはVRや360度撮影の技術を用いて、デジタル空間においても鑑賞できるものにしたい。

 3-3. テッセレーションの立体化としてのワイングラス

 透け感のある紙を使うということは、テッセレーションのように、紙の重なりが生み出す模様を楽しむことができるということでもある。 いくつかボウルに模様を取り入れる構造については模索した。しかし、必然的にグリッド数を増やさなければいけない分、複雑になり、成功とは言い難かった。

 そのため、テッセレーションの表現力を鍛える必要があると感じる。 テッセレーションを立体物として応用するためには、まず平面上での表現のストックを増やさなければならないからだ。 このアイデアについては、次のワインボトルシリーズで試していくことになる。

4.LIMITATION

 4-1. ディスプレイについて

 ワイングラスシリーズは360度どこからでも見てもらいたい作品だ。 しかし、そうなると問題となるのはディスプレイの方法である。 加えて、作品が最も美しく見えるのは後ろから強い光で照らした時なのだ。 鏡を使う方法、暗室で下から照らす方法など思いつくものはいくつかあるが、相応の準備が必要なことに変わりはない。

最も洗練された展示をすると言える、美術館で展示を見て思うことがある。 それは、やはり作品の真価を演出するためには、作品の周りの空間も作品自体と同様に重要だということだ。 作品を作ること以上に、それをどう演出するかが問われると私は考えている。

 4-2. ニス、漆の利用について

 a-3で試した手法、ニスの使用にも研究の余地が大いにある。 今回は作品を完成させた後にニスを塗ったが、ニスを塗った後に折る場合はどうか。 また、予めニスを塗った紙で折り上げた後に、再度塗ってはどうか。 透け感ではなく、作品の強度を上げる目的で、不透明の漆を使うとどうなるだろうか。 課題は山積みである。

5.THANK YOU

 もし、こんな長々とした文章をここまで読んで下さった方がいるのであれば、固く握手をしたいぐらいだ。(勿論バーチャルで)

 歴史的に見ても、アートについて自説を語ることは珍しくない。 特に世の中にアートとして受け入れられていない場合は。 私も例にもれず、世の中に受け入れられるにしろ、見向きもされないにしろ、自分の考えを残していく。 だから、物好きな方がもしいれば、少しでも読んでみて貰えると嬉しい。

Tomoaki. H.

6. Crease Pattern

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