折り紙による、多面的なライオン

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別バージョン:「折り紙による、シンプルなライオン

INTRODUCTION

 ライオンというテーマに着手しようと考え始めたのは、「折り紙による、未熟な鹿」を折っていた時だった。鹿の体毛を紙で表現する方法を研究する中で、連続した平面で毛の表現ができるということに面白さを感じた。また、紙を立体化したり、紙のひだの幅を変える際に生まれる「ズレ」を体毛を折り出すために利用できることも、興味深い発見だった。

 自分が表現したいものを、より正確に、奥深く具現化するためには、毛の表現方法を追求することが必要だと感じた。特徴的な体毛を持つ動物として真っ先に思い浮かんだのが、百獣の王たるライオンだった。

「折り紙」という表現手法

 折り紙を表現の方法とすること、すなわち1つの素材、かつ連続した平面で作品を作るということの意義とは、何だろうか?私は大別して3つあると思う。

 1つはその難しさから生まれる神秘性、を挙げたい。1枚の正方形という制限は、具象的な表現を突き詰めるにつれ、鉛のような足枷になる。制限の中で表現をすることで、作品がある種神秘性のようなものを帯びると私は思う。丁度、大理石で作られているにも関わらず、柔らかな布を表現している石像のように。

 この特性を強く意識し始めたのは、8月に藤戸竹喜の作品を見て感じたことからだと思う。彼は、1本の木からヒグマや鹿が生きる様を彫り出していた。そこにはまるで、木の中に彼が彫った形そのものが埋まっているかのような錯覚があった。素材は違えど、正方形の1枚の紙から作り出す事によって、そのような神秘性を創出することが出来ると思う。

 2つ目には、制作過程の伝達可能性がある。現在の商業的な折り紙は一般的に、制作過程を折図として伝達することを第一に作品が作られている。それは完成した作品自体を売買する市場ではなく、その制作過程を書籍という形で売買する市場が出来上がっているからだ。絵画においては、描き方ではなく、絵画という物質的なもの(あるいは非物質的なデータ)が一般的に流通していることと対比すると折り紙のメディアとしての興味深さが浮かび上がる。

 人に制作過程を伝えるためには、一般的に入手が容易な素材、複雑に過ぎない折り手順など厳格な制限の中で表現を構築する必要がある。そして、その制限を共有することで作成過程を共有することができる。所謂ポップアートとして、大衆がアクセス可能な方式で作品が作られることは折り紙特有の性質だと思う。

 3つ目は、平面としての表現と立体としての表現を、無理なく共存出来ることだと思う。1枚の紙から様々な形を生み出すためには、紙の厚みの分散や張力の制御を考える必要がある。それらを適切に考えることで、安定した構造かつ平面と立体が連続的に接続した構造を、ある種自然に作り出すことが出来る。すぐに思い浮かぶのは、エリック・ジョワゼルの「誕生1」だろう。平面的な紙の割れ目から、立体的なヒトが生まれ出ている様を表現している。

 紙本来の特徴である平面的なかたちと、それを加工して出来た立体的なかたちが同一平面から作り出されることで、平面的であることと立体的であることが互いに互いを強調し合わせることが出来る。紙をメディアとする事によるこの特性が重要であると、私は考えている。

CONCEPT

今回の作品には2つのコンセプトがある。1つは、複数の状態を1つの作品に重ね合わせること。もう1つは「感情」を表現することだ。

1-1. 複数の表現を1つの作品に重ね合わせる

 私の哲学として、あらゆるもののあらゆる状態は本来不可分であり、状態の「差」は人間の都合によって勝手に決めた線引きによるものでしかない、という考えを常に持っている。例えば、誰かが正しいというものは必ず、ほかの誰かにとっては間違いと考えられる。なぜなら、正しいことと間違っていることの間に明確な境界線はないからだ。もし何かが正しいということを共有したければ、その基準を厳密に、恣意的に定義するしかない。

 私はその基準を定義するよりは、そのような対極に存在する概念が量子的に同時に存在していると捉えたい。そうすることによって、物事が言語で定義される前の、あるがままの「状態」を受け入れることが出来ると信じたいからだ。今回の作品では、デジタル的/アナログ的、具体/抽象、立体/平面の状態を1つの作品の中に重ね合わせることを試みた。

1-2. 「感情」を表現する

 ライオンを観察するために動物園に行った。雨の中、殆ど人のいない朝の動物園で眠っているガラス越しのライオンは、どこか現実感が無かった。ただ見つめていた1時間の間、2組のつがいは殆どの間眠りこけていた。その内の一頭(メスに雨除けの場所を取られ、雨晒しで寝そべっていた)が不意に起き上がり、欠伸をした。大きく口を開け、牙を剥きながら天を向いていた。

 その時ふと、この瞬間を抜き出せばこのライオンが怒っているようにも見えると思った。しかし、そもそもライオンに感情があると思うのは、人間の勝手な思い込みに過ぎない。それでも人間が怒った顔に相当する筋肉の動きを見ると、そこに感情のようなものを感じてしまう。自分以外の物体に自己を投影し、感情移入をするという行為に対する問いとして、この作品を作ろうと思った。

DESIGN

2-1. ライオンについての調査  

 ライオンの生態や姿形について、まず図鑑で調べた後、動物園で実物を見た。また、作成する表情に類似する画像をひたすら集めた。ライオンを調べる中で感じたのは、誰もが知る動物であるにも関わらず、その正確で立体的な形を捉えイメージするのは難しいということだ。  

 特にライオンの顔については、正面からのイメージをデフォルメしたものを思い浮かべることが一般的だろう。普段、画像として平面的にインプットしているゆえに、その立体的な図像を頭の中で上手く再構築出来ないのではないかと思う。記号化によって、およそ殆どの現代の人々にライオンというイメージは共有されているものの、そのイメージは実際には「本物」のライオンとは異なるイメージだという点に皮肉を感じる。

2-2. スケッチ  

 ライオンの形を手で覚えるためにスケッチをする。初めは画像を平面的に捉えていて、ライオンの形を上手く感じられていない。

2-3. 基礎構造の試作  

 3DCGでモデリングをするように、また木彫りで造形するように、まず低画質な面で捉えた基礎構造を試作する。折りによって紙の一部を独立させ、周囲に紙の歪みを伝播させずに曲面を造形する頬から顎にかけての構造に最も時間をかけた。

2-4. 粘土による、ライオンの立体的な理解  

 スケッチでの立体的理解に限界を感じたため、粘土で形を捉え直した。鼻から目の距離、表情を構成する基本要素についての理解が特に深まった。

 顔の各パーツと、表情の試作  粘土で得た感覚を踏まえ、基礎構造の上に載せる顔のパーツを試作した。鼻筋に現れる皺の捉え方と表現に苦戦した。完全にライオンを再現するのではなく、折りによってライオンのイメージを喚起できる最小限の紙の重なりを生み出すという意識が有効だと学んだ。

2-5. 全体試作  

 各パーツの整合性とバランスを見るために、全体試作を行った。現在の技量では、依然処理できる情報量に限りがあるため、作品全体の等分数は最小限にしたかった。各パーツの接続をまず行い、毛の表現が出来る紙の領域を付け加える形で最終的に24等分をベースにすることを決めた。

2-6. 最終試作と並行した本折り  

 即興性を損なわないために、私は本折りに入るまでに完成形を確定させていない。しかし、完成版で試行錯誤を繰り返してしまうと、紙がへたれてしまう。そこで私は全く同じサイズの紙でサブの作品を同時に作り、そちらで試行錯誤をするようにしている。そうすることで、展開図などを記録していなくとも、後々同じ作品を作ることも出来る。

PHOTOGRAPHY ART

Tomoaki Hamanaka 「よろこびとくるしみ」 (2021)

COMPLETE SHAPE

Folding process

THANK YOU!

 作品を見て、なにかしら感じるものがあれば幸いです。他人が見ることによって初めて、そこに価値が生まれると思います。

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